交通費の不正受給とは?手口と発覚後の会社対応を解説

交通費の不正受給とは?手口と発覚後の会社対応を解説

定期代を受け取りながら自転車で通勤している従業員がいる。そんな疑いが出たとき、どこから手をつけるべきか迷うことはないでしょうか。

交通費の不正受給への対応や予防は、何が不正にあたるのかを押さえておくことで進めやすくなります。

この記事では、よくある手口と発覚の経路、従業員が問われる責任、発覚後に会社が踏む手順、再発を防ぐ仕組みまでを解説します。人事・総務の担当者として判断に迷ったときの参考にしてください。

交通費の不正受給によくある手口

交通費の不正受給とは、支給規程の要件を満たさないと知りながら、虚偽の申請や変更の未届けによって本来の金額を超えて受け取る行為です。単なる申告忘れや会社側の計算誤りによる受け取りすぎは、これにあたりません。

実際に起きやすいのは次の5つです。

  • 定期代を受け取っての自転車・徒歩通勤
  • 電車と申告してのマイカー通勤
  • 規程外の高額経路での申請
  • 引っ越し後の住所未申告
  • 実際には移動していない出張・外出費の請求

それぞれ見ていきます。

定期代を受け取っての自転車・徒歩通勤

定期券の購入や公共交通機関の利用が支給条件になっている会社で、実際は自転車や徒歩で通勤しているケースです。

支給条件が実費補助である以上、通勤に費用が発生していなければ、受け取った定期代はそのまま手元に残ります。月1万円の定期代であれば、1年間で12万円になります。

健康のために自転車通勤へ切り替え、届出を失念していた場合と、条件を知りながら受け取り続けた場合では、扱いが変わります。故意かどうかは、届出義務の周知状況や本人の説明から判断します。

電車と申告してのマイカー通勤

電車通勤と申告しながら、実際はマイカーで通勤しているケースです。

問題になるのは、規程上マイカー通勤に適用されるべき金額を超えて受け取っている場合です。申請と実態が違うというだけでは、差額が生じるとは限りません。

支給基準に非課税限度額を用いている会社では、差が出やすくなります。マイカー通勤の非課税限度額は片道の通勤距離ごとに決まっており、片道2キロメートル未満は全額課税、2キロメートル以上10キロメートル未満は1ヵ月4,200円が上限です(2026年7月時点)。

出典:国税庁|No.2585 マイカー・自転車通勤者の通勤手当

規程外の高額経路での申請

会社が認めていない高額な経路で申請し、実際は安い経路を使って差額を得るケースです。

遠回りであること自体が不正になるわけではありません。所要時間、乗換回数、混雑、安全性から見て合理的な経路であれば、最短でなくても認められる場合があります。税制上も基準は「最も経済的かつ合理的な経路および方法」であり、最安の経路とは限りません。

問題になるのは、規程で認められない経路を申請し、実際には使っていない場合です。1ヵ月あたりの差額が数千円でも、対象者が複数いれば会社の負担は積み上がります。

出典:国税庁|No.2582 電車・バス通勤者の通勤手当

引っ越し後の住所未申告

転居後も届出をせず、以前の住所を前提とした通勤手当を受け取り続けるケースです。

申請した内容そのものは正しく、その後の変化を届け出ない点が特徴です。届出をうっかり忘れていたという説明もあり得るため、故意かどうかの判断は慎重に行います。

判断の材料になるのは、届出義務が就業規則に定められているか、その内容が従業員に周知されていたかです。

実際には移動していない出張・外出費の請求

実際には移動していない出張や外出の交通費を請求するケースです。

通勤手当と異なり、出張や営業先への移動にかかる交通費はその都度の精算になります。利用履歴や領収書の提出を求めない運用では、申請内容の裏付けが取れません。

訪問したことにして交通費だけを請求する、自家用車で移動したのに新幹線代を請求するといった形があります。1件あたりの金額が大きくなりやすい点が、通勤手当との違いです。

交通費の不正受給がバレる理由

交通費の不正受給は、記録に残った事実と申請内容を照らし合わせたときに疑いが生まれます。きっかけになりやすいのは次の4つです。

  • ICカード履歴の照合
  • 定期券・領収書の確認
  • 住所変更や年末調整書類との突合
  • 同僚からの通報や目撃情報

いずれも単独で不正を証明するものではなく、追加確認の入口になります。それぞれ見ていきます。

ICカード履歴の照合

ICカードの利用履歴は、通勤の実態を確認する資料としては使えません。

定期券を持っている場合、区間内の入出場記録は履歴印字に反映されず、個人情報の開示請求でも確認できません。区間外へ乗り越した分はチャージ残額から精算されて履歴に残りますが、そこに表示される区間は実際の乗車区間と一致しないことがあります。定期券区間からの乗り越しとして、最も安い運賃で計算されるためです。

履歴が役に立つのは、定期券を持たない従業員の移動や、出張・外出の都度精算です。申請された日に移動があったかどうかを確認する材料になります。

定期券・領収書の確認

購入の実態を示す資料を確認します。

カード式の定期券であれば券面に区間と期限が印字されていますが、モバイル定期券には券面がありません。アプリの表示や購入履歴、領収書を確認する形になります。

資料を提示できないことや期限切れのものを出したことは、それ自体が不正の証明にはなりません。領収書も購入を示す資料であり、実際に移動した証拠とは限りません。勤怠記録や業務予定と併せて照合します。

住所変更や年末調整書類との突合

人事が管理している住所と、申請されている通勤経路の起点を照らし合わせます。

年末調整の書類や社会保険の手続きで登録された住所と経路が合わない場合、転居の届出漏れが疑われます。ただし住民票上の住所と実際の居所が異なることもあり、不一致だけで不正とは判断できません。

確認するのは、本人への聞き取りと届出状況です。なお他の目的で取得した個人情報を調査に使う場合は、当初の利用目的の範囲を超えないか確認が必要です。

同僚からの通報や目撃情報

記録ではなく、周囲の従業員からの情報が入口になる場合もあります。

毎日顔を合わせる同僚は、通勤手段の変化に気づきやすい立場にいます。駅で見かけない、駐輪場に自転車が置かれているといった日常の光景が、申請内容と結び付いて社内に伝わります。

ただし目撃した話だけでは、本人が否定したときに事実を確定できません。通報は入口として扱い、記録に残る資料で裏付ける必要があります。

交通費の不正受給で問われる責任

交通費の不正受給が明らかになった従業員は、性質の異なる3つの責任を負います。

  • 刑事責任|詐欺罪にあたる可能性
  • 民事責任|不正受給分の返還
  • 社内責任|懲戒処分と解雇

それぞれ見ていきます。

刑事責任|詐欺罪にあたる可能性

事実と異なる申告で会社から金銭を受け取る行為は、詐欺罪にあたる可能性があります。

成立には、欺く行為があり、それによって会社が金銭を交付したという関係が必要です。届出を失念していただけで故意が認められない場合は、詐欺罪の問題にはなりません。

なお出張の仮払金など、会社から預かって管理している金銭を着服した場合は、業務上横領罪が問題になります。通常の申請による不正受給とは場面が異なります。

刑事事件として立件されるかどうかは、金額や手口の悪質さによって変わります。会社が刑事告訴をせず、返還と社内処分で解決を図るケースもあります。

第二百四十六条 人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の拘禁刑に処する。

引用:e-Gov法令検索|刑法

民事責任|不正受給分の返還

不正に受け取った分は、会社へ返さなければなりません。

返す金額は、従業員がどこまで認識していたかで変わります。不正だと気づかずに受け取っていた場合は、手元に残っている利益の範囲にとどまります。不正だと知りながら受け取っていた場合は、受け取った額に利息を付けて返す義務を負い、会社に損害があればその賠償も加わります。

さかのぼれる期間は、不当利得の返還として請求するか、不法行為の損害賠償として請求するかで変わります。期間が過ぎていても、従業員が時効を主張しない限り、請求できなくなるわけではありません。どの根拠でどこまで請求するかは、弁護士に確認してください。

第七百三条 法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。

第七百四条 悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。

引用:e-Gov法令検索|民法

社内責任|懲戒処分と解雇

就業規則に定めがあれば、懲戒処分の対象になります。

処分の重さは、けん責や減給から出勤停止、諭旨解雇、懲戒解雇まで幅があります。判断材料は、金額と期間、故意や隠蔽の有無、本人の反省と返還の姿勢です。

不正受給があれば必ず懲戒解雇にできるわけではありません。懲戒には権利の濫用を定めた規定があり、解雇にはさらに解雇権濫用の規定も適用されます。あわせて、予告なしに即時解雇する場合は、原則として労働基準監督署長の認定が必要です。

第十五条 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。

第十六条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

引用:e-Gov法令検索|労働契約法

交通費の不正受給が発覚したときの対応手順

交通費の不正受給を把握したあとは、順序を守って進めます。手順を飛ばすと、返還も処分も後から覆るおそれがあります。

踏むべき手順は次の8つです。

  • STEP1:客観的な証拠の収集
  • STEP2:本人への事実確認
  • STEP3:差額の算出
  • STEP4:弁明の機会の付与
  • STEP5:返還請求
  • STEP6:懲戒処分の決定
  • STEP7:税務・給与処理の確認
  • STEP8:全社への注意喚起

それぞれ見ていきます。

STEP1:客観的な証拠の収集

本人に接触する前に資料をそろえます。先に問い詰めると、記録を処分される余地を与えるためです。

まず集めるのは、通勤手当の申請書、経路の届出、給与台帳、人事情報の住所履歴です。

本人が持つ資料を求める場合は、就業規則と経費規程、個人情報の利用目的を確認したうえで、業務に関係する期間と項目に限定します。個人のICカード履歴には私生活の移動も含まれるため、範囲を絞らずに提出させることは避けます。私物端末や個人アカウントを無断で確認してはいけません。

STEP2:本人への事実確認

そろえた資料をもとに、いつから、どの経路で、どの手段で通勤していたのかを聴き取ります。

担当者が1人で行うと、言った言わないの争いになります。複数名で対応し、質問と回答を記録して、本人に内容を確認してもらいます。

署名を強く求めると、供述の任意性が争われる可能性があります。本人が署名を拒んだ場合は、拒否したという事実を記録するにとどめます。

STEP3:差額の算出

支給済みの金額と、本来支給されるべきだった金額の差額を計算します。

まず証拠で裏付けが取れる全期間について算出します。記録の残っていない期間まで推測で積み上げると、後に争われる原因になります。

さかのぼれる範囲の判断は、この段階では確定させません。請求の根拠や本人の対応によって結論が変わるため、算出した一覧をもとに弁護士へ確認します。

STEP4:弁明の機会の付与

処分を決める前に、本人が言い分を述べる場を設けます。

STEP2との違いは目的です。事実確認は何があったかを明らかにする調査、弁明の機会は処分に対する本人の主張を聞く手続にあたります。

対象の行為と検討中の処分を書面で伝え、期限を切って弁明を求めます。本人が応じない場合も、機会を与えた事実を記録に残します。

STEP5:返還請求

算出した金額について、返還合意書または分割合意書を取り交わします。

給与から一方的に差し引くことはできません。賃金は全額を支払わなければならないと定められているためです。同意を得て控除する場合も、その同意が本人の自由な意思に基づくものかを厳格に確認する必要があります。最高裁は、この認定判断を厳格かつ慎重に行うよう求めています。退職金からの控除も同様です。

本人が応じない場合や退職済みの場合は、内容証明郵便での請求や法的手続の検討に移ります。

第二十四条 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。

引用:e-Gov法令検索|労働基準法

STEP6:懲戒処分の決定

就業規則に該当する懲戒事由がなければ処分はできません。まず条項を特定し、規則が周知されていたかを確認します。

そのうえで、金額、期間、故意や隠蔽の有無、本人の対応を踏まえて処分の重さを決めます。過去に同種の事案があれば、そのときの処分との釣り合いも確認します。

懲戒解雇を検討する場合は、弁明手続を経ていること、解雇予告または予告手当の扱いを整理しておくことが前提になります。

STEP7:税務・給与処理の確認

不正受給が判明すると、過去の給与計算や税務処理にも影響します。

通勤手当は一定額まで非課税ですが、実態と異なる区分で処理していた場合、非課税として扱ってよい金額が変わります。源泉所得税、給与明細、仕訳、社会保険の報酬処理を確認します。

どこまで訂正が必要かは会社の状況で異なります。税理士や社会保険労務士に確認したうえで進めてください。

STEP8:全社への注意喚起

処分後、同じことが繰り返されないよう社内に伝えます。

事案の詳細を共有する必要はありません。個人が特定される形での公表は、本人の名誉に関わる別の問題を招きます。

伝えるのは、申請ルール、届出義務、違反した場合の返還と処分の取扱いの3点です。

交通費の不正受給を防ぐ社内の仕組み

交通費の不正受給は、個人のモラルに頼るのではなく、仕組みで起きにくくします。整えるのは次の3つです。

  • 申請ルールと処分の取扱いの明文化
  • 通勤経路の定期的な再申請
  • 経費精算システムでのアラート設定

それぞれ見ていきます。

申請ルールと処分の取扱いの明文化

何が違反にあたるのかを、書面で示します。

経路は「最も経済的かつ合理的な経路および方法」を基本とし、所要時間や乗換回数、安全性から例外を認める基準も併記します。最短や最安だけを条件にすると、合理的な経路まで排除することになります。

転居や通勤手段の変更を届出の対象と明記し、違反した場合の返還と懲戒の取扱いも記載します。懲戒事由として就業規則に規定し、周知しておかなければ、処分の根拠を欠きます。

通勤経路の定期的な再申請

入社時の申請をそのままにせず、期日を決めて出し直させます。

年1回など時期を固定し、全員に現住所と通勤経路を再提出させる方法が取り入れやすい形です。全社員が対象であれば、特定の人を疑う運用にはなりません。

提出を求めるのは、自己申告と定期券の購入を示す資料までが基本です。住民票の写しなどは、客観的な疑義がある場合に限り、必要最小限の範囲で求めます。求める際は、マイナンバーや本籍の記載がないものに限定してください。

経費精算システムでのアラート設定

人の目で1件ずつ検証する運用には限界があります。

経路検索と連動したシステムであれば、重複した申請、定期区間と重なる区間の申請、規程を超える高額経路、休日の申請などを自動で抽出できます。

抽出されたものがそのまま不正になるわけではありません。確認すべき対象を絞り込む仕組みと位置づけ、最終的な判断は人が行います。

出張費の負担そのものを見直したい場合は、ANAやJALの株主優待券を使って正規のルートで運賃を抑える方法があります。株優NOWでは株主優待コードをクレジットカード決済で購入でき、急な出張にも間に合います。

まとめ|交通費の不正受給は「手口の把握」と「仕組み化」で防ぐ

交通費の不正受給への対応で難しいのは、発覚したあとの処理ではなく、そこにいたるまでの判断です。実態と申請が違うというだけでは不正と決められず、規程の内容と本人の認識を確かめる必要があります。

今日から着手できるのは、規程の明確化と再申請の期日設定の2つです。どちらも新しい費用をかけずに始められ、全社員を対象にできるため特定の人を疑う運用にもなりません。

処分の重さや返還を求められる範囲は、金額と期間、本人の対応によって判断が分かれます。自社だけで結論を出さず、弁護士や社会保険労務士に確認する前提で進めてください。

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